この【頑張る君にズームイン】は、地元の学生にスポットを当て、頑張っている学生を地域のみなさんに紹介していく企画です。

 
 

東京23区の西側、武蔵野市に位置する吉祥寺。
今日は高校時代まで豊橋で育ち、大学進学を機に上京して活躍する学生に会いに来た。
 
成人式直後の東三河地域の新聞紙面。
2人の若い女子大生が紹介される、こんな見出しの記事があった。
 
「東愛知新聞 豊橋商業高校卒業生2人が公認会計士2次試験突破(2018年1月11日)」
 
 
二人は豊橋商業高校出身、年末年始の帰省と共に、昨年の 公認会計士試験 合格を母校に報告したのである。
 
 
今日は、そのうちの一人、伴野さんにお会いし、公認会計士試験合格までの道のりと、これからのキャリアについて伺った。
 
 

伴野 満希 さん

中央大学
商学部3年生
2017年公認会計士試験合格

 

公認会計士試験

上京
 
公認会計士試験は、会計資格の最高峰。
大企業が作成する財務諸表の第三者としてチェックする会計監査をはじめとして、会計のプロフェッショナルとして活躍する資格である。
公認会計士を目差す学生の大半はダブルスクールを行い、大学の講義と専門学校の講義を両立している。
伴野さんが進学した中央大学は公認会計士試験合格者を多数輩出している名門大学である。また、大学の中では珍しく、大学内に経理研究所という組織を有し、学内で公認会計士試験合格に必要なカリキュラムを備えているため、専門学校に頼らず合格者を輩出している。そんな環境と実績により会計士を目指す優秀な学生が多く集まっているのである。
 
 
大学在学中に公認会計士試験に合格する学生もいるが、その多くは3・4年生に合格している。そんな中、伴野さんのように大学2年生という早さで合格する受験生は数少ない。
 
今日は、中央大学の商学部に在籍し、みごと大学2年生で公認会計士試験に合格した伴野満希さんを取材し、合格までの苦労や豊橋商業高校在学時の思い出などを伺った。
 
 

高校時代

伴野さんは豊橋商業高校に入学し、公認会計士を目指して中央大学に進学されましたね。
高校入学当初から公認会計士を目指していたのですか?

 
 

いいえ。実は、入学当初は高校卒業後就職するつもりで豊橋商業高校に入学しました。
就職に簿記の知識は役に立つと言われていましたので、就職のために簿記を勉強していました。

 
 

はじめは高校卒業後就職するつもりだったのですね!

  
 
 

はい、ですから大学進学は周りの方々からのアドバイスが頼りになりました。私が進学した中央大学に会計士を目指す環境があることも先生に教えて頂きました。もともと私の中では中央大学は弁護士のイメージが強かったので。

 
 
 

そうでしたか。会計士を目差す上で、中央大学を選択したのはなぜですか?

  
 
 

簿記部の顧問である青山先生の薦めが大きな理由です。両親は東京に進学することに不安を抱えており、当初は前向きではなかったのですが、青山先生の頼もしいアドバイスを頂いたのと、高校3年生の6月に受験した日商簿記検定1級で合格した事もあり、中央大学への進学を決めました。

 
 
 
 
高校在学中、日商簿記検定1級という実績もあり、伴野さんは見事中央大学の商学部に進学した。

 
 

そういえば、新聞記事でお見かけした時には髪の毛が長かったようですが、ショートヘアが似合いますね。

  
 
 

 
 

成人式の後に髪を切ろうと思っていて、ばっさり切りました。
受験生時代は髪の毛が短いとこまめに美容室に行かないといけないですし、受験生時代は時間がもったいなかったのでずっとロングヘアだったんです笑
 

 
 
 
受験時代は限られた時間を少しでも勉強時間に充てたいという徹底ぶり。伴野さんの受験にかける真剣さが垣間見えた。
 
 

先ほど日商簿記1級は、豊橋商業高校時代に取得したとおっしゃっていましたね?

  
 
 

はい、高校3年生の6月に1級を取得しました。高校時代に魅力に気がつき、合格をきっかけに中央大学への進学を心に決め、会計士受験を志すことにしました。

 
 
 
 

 

大学進学と合格

大学に進学してみて感じたことはどんな事でしたか。

 
 

中央大学の経理研には全国から簿記の出来る学生達が集まっていました。
 高校の全国大会で名を連ねるような商業高校出身者もいて周りのレベルの高さを感じました。

  
  
 
 

会計士受験では簿記の知識は大きな土台になるといいますよね。高校3年生で日商簿記検定1級に合格していた伴野さんにとって、大学に進学した時にはアドバンテージになっていたのではないですか?

 
 
 
 

いや、実は日商簿記1級に合格したことがあまりに嬉しくて、大学に進学するまでは少し簿記の勉強から離れてしまっていたのです。
大学での経理研究所の講義が始まった当初は、講義に出る度に、習ったはずの知識が抜けていたように感じていました。

  
 
 

公認会計士試験
半年のブランクを感じて大変だったのですね?

 
 
 
 

そうですね。
私が進学した中央大学経理研究所では、日商簿記1級を既に取得した人達ばかりでしたし、はじめは勉強すればするほど自分の出来なさを痛感していました。
ですが、気持ちを切り替えて「1から勉強しなきゃ」という気持ちで必至に勉強しました。

  
 
 
 

世間は広い!上には上がいるのですね笑 
 
進学早々根詰めて勉強しても大変ですからそんな中でも、入学当初は学生生活を楽しめたんじゃないですか?

 
 
 
 

私もそのつもりで入学しましたが、そんなこと無かったです笑
 入学式の日には、私が所属していた経理研究所についてのガイダンスが行われ、すぐに学習カリキュラムが始まってしまいました。
 朝の8:15から始まる早朝の答練(問題演習)があったため、入学当初から8時に学校に行くような生活をしていました。

  
 
 
 

それは大変ですね汗

 
 
 
 

とても大変でした笑
 昔から負けず嫌いの性格だったので、小テストや問題演習で良い点が取れるように一生懸命勉強しました。
 大学内に受験のための学習スペースが設けられていたため、朝から晩まで大学で勉強漬けの毎日でしたね。

 

 
 
 

合格の瞬間

1年以上にわたる長い道のりを経て合格を遂げた伴野さん、合格した瞬間の喜びを聞かせてもらった。
 
 
 

合格発表の瞬間はどのように迎えたのですか?

 
 
  
 

会計士試験の合格発表は、東京の霞ヶ関にある金融庁の掲示スペースに足を運んで確認しました。
 試験の手応えはそれなりにあったので、私の番号を見つけた時には泣きませんでした。
 ところが、お母さんに報告するために電話をかけ、母の声を聞いた瞬間に涙が溢れ、声が出なくなっていました。 
 電話にでたお母さんも、声が出ない私に「結果はどっちだったの?」と心配していたようです笑

  
 
 
 

お母様を始めとする家族の支えに対する感謝が涙に変わったかもしれませんね。

 
 
 
 
 

そうだと思います。
受験中は月に一度、東京に足を運んでくれました。両親と会う事が受験勉強の息抜きになりました。
それだけでなく、電話もしていましたね。試験近くには1日に何回も電話していた記憶があります笑

  
  
 
 

優しいご家族ですね。東京でご両親に会うときはとても楽しみだったのではないですか?

 
 
 
 

いえ、、、実はそう言う心境ではなかったのです笑
 答練であまり良い成績が出ない時には、試験以外に時間を費やすことが不安で仕方なかったのです。せっかく両親が会いに来てくれているのに勉強を中断するのに抵抗がありました。でも私の気が乗らない様子を察しても、母親は「来ないでと言われても行くからね」といって無理やり息抜きの時間をつくってくれました。

  
  
  
 

これからの道

 

将来伴野さんはどのようなキャリアを歩もうと考えていますか?

 
 
 
 

そうですね。まずは今年就職活動をして監査法人への就職を考えています。監査業務はもちろん、これから会計士として様々な経験も積んでみたいと考えています。

 
 
 
 
 

世界をまたいで働く会計士もいますが、伴野さんは海外も興味は持っていますか?

 
 
 
 

海外経験もしてみたいです。英語が喋れなくても、行けば何とかなるんじゃないかと思っています笑
 
ちなみに、今は経理研究所の学生スタッフとしてアルバイトをしています。後輩たちの質問に答えながら学習をサポートしています。

 
 
 

 

これから伴野さんの母校、豊橋商業高校から中央大学に進学した後輩が伴野さんに頼ってくることもあるかもしれませんね。

 
 
 
 
 
 

その時は一層指導に力が入ると思います!

 
 

 
 
 

母校の生徒たちにアドバイスしたいことがあれば是非聞かせてください。

 
 
 
 
 
 

地元の居心地が良くて、外に出たがらない思考がある人もいるかもしれませんが、一歩外に出てみる事も良いと思います。
外に出てみると、色々な地域から来た人と関わり合えるし、そこから新しい発見もあると思います。
それから、自分の好きな事があるんだったら、それは簿記に限らず突き詰めて欲しいと考えています。
色々経験できるのは今しかないので、大切にして欲しいです。

 
 
  
 
 
 

青山先生に一言

 
 

伴野さんの進路に一番影響を与えたかもしれません。高校時代の恩師、青山先生に一言あれば教えてください。

 
 
 
 
 
 
 

こうして愛知県の外に出してくれた事は、とても感謝しています。
 
実は親からは当初愛知県内の大学進学を薦められていました。ですが、家族から地元進学の希望があっても、先生は折れずに中央大学への進学をすすめてくれました。
私が進路選択に悩む中、周りの意見を聞いてブレることがあっても、青山先生は頑なに意見を変えず、一貫して中央大学を薦め続けてくれました。
そのことにはとても感謝しています。
結果的に家族も「中央大学に進学して良かった」と今では言ってくれますし、青山先生が進路を示してくれたからこそ今があると思っています。

 
 

 
  
 
 

終わりに

彼女の頑張りもさることながら、家族の支え、そして我が子の様に考えてくれた青山先生がいたからこそ、掴んだ合格なのだろう。
 
豊橋から飛び出した伴野さん、インタビューを通じて感じたことは、地元に対する愛着である。外の刺激を受け、様々な経験を重ねながらも、地元豊橋への想いは強く心に残っている。
地元の祇園祭りも受験中はなかなか顔を出せなかったが、「今年こそは見に行く!」と決意を見せてくれた。
 
これから会計士としてのキャリアを歩む伴野さん。周りの期待を背負いながらいつの日か、豊橋に戻って活躍する日が来るかもしれない。