東三河移住-豊橋市

地方移住と聞くと、家賃が安い、自然が近い、子育てしやすいといった“暮らし”の話が先に浮かぶ。
けれど実際には、その選択の裏側に必ずあるのが“仕事”だ。
どこで、どんなふうに働くのか。それを抜きに、移住は語れない。

愛知県豊橋市に本社を置く株式会社ジュトクには、移住をきっかけに入社した社員が複数名活躍している。同社では、引越し費用の補助やオンラインでの会社見学など、移住に伴う準備段階からのサポートも行っている。
今回は、そんな同社で移住を経験した3人に、移住前後の生活の変化と仕事のやりがいを聞いた。

東三河移住者インタビュー

memo

愛知県豊橋市に本社を構える株式会社ジュトクは、1941年創業のものづくり企業だ。作業現場用品やセールスプロモーショングッズの企画・製造・販売を中心に、人や現場、地域社会の課題に応える製品やサービスを提供している。拠点は豊橋にありながら、取引先は全国に広がる。単にモノをつくるのではなく、「なぜそれが必要なのか」「どうすれば人や社会にとって本当に価値あるものになるのか」を考え抜く姿勢を軸に、様々な事業を展開してきた企業である。

「自分がいなくても回る組織」に違和感を覚えた

東三河移住_豊橋移住者

Nさん(48歳・入社20年)

移住の経緯

静岡県磐田市出身。横浜の大学を卒業後、全国展開するフィットネスクラブを運営する大手企業に入社した。最初の1年半は豊橋に配属。その後、都内へ異動し、結婚。子どもも生まれた。

ーー「帰宅は夜中の1時や2時。子どもと過ごす時間を考えたとき、働き方を変えたいと思いました」

こうした経緯から移住を検討し始めた。まず“どこで働くか”より先に、“どこで暮らすか”を考えた。
子育て環境や家族の支援体制を考え、移住先として候補に挙がったのは、妻の実家がある豊橋だった。
自身の両親も豊橋出身だったため、土地勘とルーツがあり不安は少なかったという。

生活の変化

ーー「買い物も公園も車で行けるし停める場所にも困らない。それだけで生活に余裕が生まれました」

東京では高額だった駐車場代も、豊橋では数千円。物価も安く生活に余裕が生まれ、移動のストレスも大きく減った。
また、豊橋は子どもの遊び場が豊富にあり子育て環境がよくなったことも、移住してよかったことの一つだという。

仕事の変化

ーー「自分がいなくなっても、現場は回るだろう」

前職で人と接する仕事の面白さは感じていたが、大企業で働く中でふとそう思った瞬間があったという。組織としては理想的な状態だったが、自身の存在意義に疑問を抱くようになった。

ーー「自分が手掛けたものに誇りを持ちたい。なにか形に残る仕事がしたい」

転職で求めたのは、長く続けられ、適度に刺激があり、自分の関与が実感できる仕事だった。
そんな中、ハローワークでジュトクを知り、面接へ。「将来の社長の右腕として」という言葉が入社の決め手になった。

ーー「現場の課題は似て非なるもの。売り方を毎回考える必要がありました」

入社当初、営業体制は細分化されておらず、手探りで多様な顧客を担当した。
同じ商品でも、地域、企業規模、企業文化で提案の切り口は変わる。方言や地域文化の違いに戸惑うこともあったが、その突破方法を考えること自体が面白さだった。
現在は、分業の一部ではなく、提案から納品、その後のフォローまで一連のプロセスに関われている実感があるという。

身についたこと

ーー「どんなことにも“考えること”が本質にある」

ジュトクに入社後に磨かれたのは3つの“基礎能力”だった。

  • 必要な情報を自分で探す調査力
  • 経験をもとに仮説を立てる力
  • 意思決定の流れを読む企画提案力

これらは営業経験を積み重ねて身につき、現在の経営ポジションとしての組織づくりにも活かされている。
また、日常的に社長とコミュニケーションを取れる環境がある影響も大きい。経営の意思決定や思考プロセスを間近で学べるため、自然と経営視点が養われていったという。

ーー「自分で足を運ぶからこそ得られる成長がある」

全国展開の仕事に携わる中で、前職までの経験が比較軸として活きただけでなく、各地への出張を重ねたことで、土地勘だけでなく物事を捉える視点も広がった。
ジュトクで積み上げた経験は大きく、地方に拠点を置きながらも、知見や視野は確実に広がったという。

今後の目標

ーー「社会課題に一つずつ向き合いながら、ジュトクの価値を認めてもらう。社会に貢献できる存在であり続けたいと思っています」

創業85年を迎えたジュトク。次に見据えるのは、100年続く企業になることだという。
そのために重視しているのは、特別な一手ではない。営業力、製造力、情報発信力、組織力といった事業を支える土台を一つずつ積み上げることが、持続的な成長に必要だと考えている。

ーー「ジュトクに関わる人が活躍できる会社にしたい。そのために働きやすさや共感できる企業文化など、そうした環境をつくるのも自分の役目だと思っています」

経営に携わる立場としての使命は、数字を追うことだけではなく、人が力を発揮できる環境を整え、その挑戦を後押しすること。それこそが、次の時代へ会社をつなぐ責任だと語った。

「豊橋にいながら仕事の舞台は全国」

東三河移住_豊橋移住者2

Kさん(49歳・入社2年)

移住の経緯

静岡県湖西市出身。関西の大学を卒業後、そのまま関西で就職。その後、プライベートを充実させるために静岡へ転職した。
キャリアの大半は営業職だったが、社会人当初から「本当は企画の仕事がしたい」という思いがあったという。
転機は、妻の地元である豊橋への移住を考えたこと。仕事を探す中でジュトクと出会い、企画の仕事に挑戦できる環境があると知り入社を決めた。

生活の変化

ーー「通勤時間は音楽を聴いていたけど、今思えばもったいなかった」

以前は浜松から片道30km、1時間の通勤だったが、現在の通勤時間は10〜15分程度に短縮され、車の維持費も大きく下がった。
移動時間と生活コストが減ったことで、時間にも気持ちにも余裕が生まれたという。
休日は演劇鑑賞や畑で野菜づくり、音楽ライブなどを楽しんでいる。豊橋に来て名古屋へのアクセスも良く、生活の自由度は高くなったという。

仕事の変化

ーー「問い合わせにつながるかどうかは、企画の力にかかっています」

現在の業務は、商品カタログ制作、SNSやメールマガジン発信、ウェビナー開催など多岐にわたる。
商圏は全国にあり、限られた営業リソースを補うためには、情報発信の質が問われるという。
豊橋にいながら全国へ視野を広げることが求められるため、地方への移住によって、視野が狭まる感覚はないという。

ーー「営業活動をする中で足りないと感じることがあっても、担当は別の部署。営業として動けないことがありました」

これまで在籍した企業では、部署ごとの役割が明確に分かれていて、営業として課題を感じても担当外だとうまく動けないのが実状だった。

「こういう資料があれば売れるのに」
「こういう発信をすれば問い合わせが増えるのに」

そう思っても、自分では動けない歯がゆさがあったが、ジュトクでは違った。
提案が認められれば実行まで進められ、体制変更も早く、アイデアが形になるスピード感がやりがいにつながっているという。

身についたこと

ーー「自分のスキルの底上げが必要だと痛感しました」

今の仕事は営業の延長線上にあるが、実際には初めての挑戦が多いという。
例えば資料作成ひとつとっても、以前は特定の顧客に向けた資料でよかったが、今は不特定多数に伝わる資料や営業が使いやすい資料を作らなければならない。視点が変わり、求められる水準も上がった。

ーー「入社2年で、過去10年分以上の経験を積んだ感覚があります」

求められる水準に応えるために、SEOや法律、業界知識などを自主的に学び続けている。仕事の難易度は上がったが、その分できることは着実に増えていったという。
ジュトクの社長自身も、東京にある国立大学の博士課程に在籍し、社会人研究員として学び続けている。経営者が挑戦を続ける姿勢は、会社全体の視野の広さや新しいことに挑戦する風土にも反映されている。
こうした背景から、資格手当などの制度面も整っており、挑戦を後押しする環境が十分にあるという。

今後の目標

ーー「お客さまが必要とする情報を持っている企業になりたい」

目標は、会社の知名度を高めること。検索されたときに自然と頼られる存在になる状態を目指しているという。
これまで様々な経験や知識を身につけてきたが、まだまだゴールではなく通過点。これからもインプットを続けていきたいと語った。

「全国転勤から、腰を据えて働ける環境へ」

東三河移住_豊橋移住者3

Hさん(29歳・入社2年)

移住の経緯

山形県出身。親の転勤にあわせて、山形・宮城・北海道と各地で暮らし、大学では東京へ進学した。新卒で農薬メーカーに入社し、青森で営業を担当した。全国転勤が前提の働き方だった。

ーー「将来子どもが生まれた時のことを考えるようになり、転勤が続く生活より、落ち着いて暮らせる場所で働きたいと思ったんです」

結婚をきっかけに移住を意識し始めたという。
そんなとき偶然、前職の事務所で目にしたのがジュトクのカタログだった。
前職では“ジュトクの顧客側”の企業に勤めていたため、業界も顧客層も近く、経験が活かせるかもしれないと考えた。
さらに、妻の実家が豊橋にあったことも移住と転職の後押しになった。
ジュトクの移住支援として、オンライン会社見学や引越し費用の補助などがあったことも、移住を決断する安心材料になったという。

生活の変化

ーー「青森もいい場所でしたが、暮らしやすさでいえば今の環境の方がいいと思います」

移住に多少の不安はあったが、実際に暮らしてみると印象は逆だった。
豊橋は保育サービスや行政支援が充実しているという。実際、全国の“共働き子育てしやすい街ランキング”では常に上位に入っている。
子どもが生まれたことを機に育児休業を取得し、現在は子育てと仕事を両立する日々を送っている。

仕事の変化

ーー「売る力というより、関係を築き上げる力が必要な営業でした」

前職は現場密着型の営業だった。
1日に200~300kmを走り、人間関係を築くことが成果を左右した。
それはそれで面白さもやりがいもあったというが、働き方としては負荷も大きかった。

ーー「商品数が多く、自社工場もある。提案が形になるスピードは大きな強みです」

現在は、セールスプロモーショングッズの企画営業を担当。
顧客が売り出したい商品やサービスに対し、「どんな商品を、どんな形で、どの層に届けるか」を顧客に寄り添って一緒に考える仕事だ。
前職では、起案から商品化までに数年を要したが、ジュトクでは自社工場を所有しており、きめ細やかなサービスの提供や、提案の幅とそれを実現するスピードの両立を可能にしているという。
加えて、マーケティング分野にも力を入れており、根拠ある企画立案を支えている。
こうした強みや独自の取り組みにより、提案したものが短期間で商品化できるため、そのスピード感がやりがいにもつながっているという。

身についたこと

ーー「人間関係だけでなく、企画から生産、納期まで管理しないといけない」

ジュトクに来て営業の質が変わり、求められる力も変わった。
案件の同時進行や社内外との連携を通じて、物事を整理し順序立てる力が磨かれているという。
もともとスケジュール管理は得意ではなかったが、社内のサポート体制も厚く、着実に力を身につけられているという。

今後の目標

ーー「まだ踏み込めていない分野で通用する知識と提案力を身につけたい」

目標は、新しい業界への挑戦だという。
前職では“決められたものをどう売るか”が営業の中心だったが、今は“何をどう届ければ価値になるのか”を自ら考えられるようになった。
腰を据えて働ける環境だからこそ、次の挑戦に力を注げると語った。

まとめ

東三河移住者インタビューまとめ

愛知県豊橋市に拠点を置く株式会社ジュトクでは、移住をきっかけに入社した社員が、全国を舞台に業務を担っている。関東と関西のほぼ中間、日本の中心に位置する地理的な利点により、東西どちらにもアクセスしやすく、全国展開の事業を効率的に行える環境がある。
また、引越し費用の補助やオンライン会社見学など、移住者をサポートする制度に加え、挑戦できる環境と、それを後押しする制度や企業文化も整っている。
こうした立地の優位性や挑戦を支える仕組みが、移住後の活躍を支えていた。

移住は安定を求める選択であると同時に、挑戦を始めるきっかけでもある。
株式会社ジュトクはその一歩を成長へとつなげられる環境を備えた企業の一つだ。

会社概要
会社名 株式会社ジュトク
代表取締役社長 上村 哲司
住所 愛知県豊橋市向山大池町4-12
TEL 0532-63-5511
HP https://www.jutoku.co.jp/